2005年09月30日

昨日の続き

日本の友達は蘇州の観光が終わってから、上海も観光しました。

上海は中国大都会です。観光地の歴史としてそんなに古くないですが、
「日新月異(日本語の日進月歩の意味です)」のスピードで発展してますので、
本当に派手な都市です。でも上海だけ見て、これは中国だと思ったら、
それは間違えですね。

友達と一緒に「豫園」に行きました。同じ江南の庭園ですが、
蘇州の庭園との雰囲気はちょっと違います。
豫園の玉玲瓏は見所です。出口近くにある玉玲瓏は高さ数bの光沢のある石です。
細かい穴が無数にあり、上から水を注げば,すべての穴から水が雫となって落ちてくる。
また、下でお香を焚くと、その煙はすべての穴から立ち上り,雲のように漂うという奇妙な景観が楽しめるということです。でもその奇妙な景観は見たことがありません。想像です!

上海のシンポルタワー東方明珠も行きました。
展望台に上ると上海の景色が一望です。
でも友達が高所恐怖症で窓際のところまで行かなかったです。
それでも飛行機乗って会いに来てくれてるから、本当に感動します。

高いところだめだったから、東方明珠の地下に「都市歴史博物館」があります。
そこを案内しました。
その歴史博物館は上海の始まりから今までのことを蝋燭人形を使って人々に伝えます。
見る価値があるところですよ。

夜は「上海雑技団」のショウを見ました。
危ないところを見るとどきどきします。
生でみるのでテレビでみるより面白かったですよ。

雑技団のあとに上海外灘の最高の夜景を見ました。
上海の外灘は上海の紹介のときに必ずテレビに写る河沿いの古い町並みです。

本当にすごく楽しい時間を過ごすことができて、嬉しかったです。
でも次の日の別れはとても辛かったです。
またいつかきっと会えると信じて、空港で別れました。
そして、去年会いました。日本にいるから、ビザの問題がないので、本当にいつでも会えるので、嬉しいです。


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友達が中国に来てくれた

中国にいた時に日本の友達が一度中国に来ました。

その時はまさか中国で会えると思わなかったし、まさか友達が会いに来てくれたのも信じられなかったです。

友達が中国に来たのは2001年の秋です。その前に2000年の秋は仕事の関係で日本に出張の時に会社に休暇もらって、友達に会いに行ったことがあります。

友達は私の実家に泊まってた。一日3食は母の手料理です。
本当の中華ですから、味大丈夫かなぁと最初は心配してましたけど。
友達は美味しく、たくさん食べてくれたから、安心しました。

実家は蘇州ですから、中国の歴史上でももっとも有名な「水の都」と呼ばれてます。
父がカメラマン兼“ガイド”で私たちと一緒に行動しました。

行ったところは世界遺産に認定された「拙政園」、日本人の中で有名なお寺「寒山寺」、
2500年の歴史を持っている「虎丘」、築山が有名な「獅子林」等。

拙政園は今から400年前の明の時代の官僚が定年退職したときに建てた自宅です。
庭園の庭からさらに蘇州の有名な「北寺塔」が見えます。自分の庭園も美しいけど、
また美しい景色が見れるのはほかの庭園のはない特徴です。

寒山寺は唐の時代の張継さんの「楓橋夜泊」という漢詩で有名になりました。
毎年の西暦の12月31日の大晦日の日にたくさんの日本の観光客がいらっしゃって、
108つの除夜の鐘を聞きに来る行事が行われてます。

虎丘は2500年前の呉の国の皇帝のお墓でもあり、そこに有名なのは2500年の歴史がある仏塔ーーー虎丘塔です。この塔はね北側に15度斜めに傾いてます。イタリアのピサ斜塔と姉妹塔みたいですね(冗談ですよ・・笑)。

蘇州の庭園の中には築山が多いです、その中で築山を一番上手に作ったのは獅子林です。
子供の頃に獅子林に行くたびに隠れん坊をしてました。

日本の友達と一緒に回って、本当にいつも行くときと違う気分で、
父がビデオまで撮ってくれたので、時ときビデオを見てますと聞きましたので、
本当に今でもあのときのことが昨日のことのように覚えてます。

友達が中国に来てくれて、本当に私にとって友達との思い出がさらに増えました。
本当に楽しかったし幸せです。

それでは、ちょっと長かったと思いますが、続きはまた次回に書きます。
おやすみなさい。
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2005年09月28日

中国の大型連休

10月1日は中国の国慶節(日本で言えば建国記念日)です。
そのときには国が決められた祭日は3日間だけですが、2週間の土日を振り替えして、
全部で一週間休める会社の方が多いです。
近年は生活水準が上がって、休みの日はどっか旅行に行く人が多くなってます。
だからその大型連休を利用して、旅行に行く人が年々増えてます。

国慶節以外には旧正月と5月のゴールデンウィークのときも一週間の大型連休があります。
でも、日本みたいな海の日とか、敬老の日とかの祭日がありません。
ですから、もし中国に旅行に行く予定があったら、大型連休の時期を避けた方がいいと思います。

今年中国の人気観光地は桂林と海南島らしいです。飛行機のチケットの予約などは90%以上されたみたいです(←ニュースより)。

私は桂林と海南島は行ったことがあります。
本当に景色がきれいな場所です。
桂林山水、海南島の海、本当に絵のように美しかったです。
海南島の海の色は日本の海の色と違ってエメラルドブルーです。
機会がありましたら是非行って見てください。

それでは今夜はここまでです、おやすみなさい。

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2005年09月27日

中国人の好み

中国と日本は文化や習慣が違うので、お土産、プレゼント、贈答品の類は結構頭を悩まされます。

ついこの前、久しぶりに中国に帰ったときに、親戚や友達にあげるお土産が大分悩みました。
日本の場合は例えばお菓子一箱でみんな食べるのはよくあることでしょう。
でも中国では一人当たりに一個か2個しか食べられないので、受けてもあまりうれしくと思いません。
中国は高価な物じゃなくても、見栄のいい物が喜ばれるかもしれません。
タバコなどは最低2つはあげたほうがいいと思います。
中国人同士の場合は大体ワンカートンで贈ります。

ちなみに中国の人は「MADE IN JAPAN」と書いてる物が大好きです。
実は今日本で日本製の物は少なくなっているし、日本製のものは大体金額も高いですよね。
中国製とかたくさん入ってますので、品質もそんなにめちゃくちゃではないし、私は個人的にいいと思いますが、中国の人から見ると、折角日本からのお土産だから、中国製だと面白くないです。
ちょっと思い出したことがあります。
会社で働いてたときに、通訳として中国のお客さんを日本に連れてきたことがあります。
そのときに東京の秋葉原に行って、探し回ってやっと日本製のステレオを買いました。
そのステレオを買った人はすごく日本製にこだわってました。
日本はいま電化製品など東南アジア製のが多いので、本当に日本製を探すのが大変でした。

中国には酒とタバコはみんなのものという言葉があります。
タバコをお互いに勧めあうのはそのことです。
中国の人はケチな人間は嫌いです。例えばお客さんを招待するときに、
あまるほどの料理を注文します。
余ってもかまわないですから。
これは日本の人にとってすごく浪費なことと思うでしょう。
ですから、あるときに日本の人は料理を残すとよくないから、頑張って残さないように食べて、
でもお皿が空なったら、中国の人はそれはまだ足りないと思って、さらに注文しちゃうときがありますね。

中国と日本の色々な面の違いがありますから、今度思い出したら少しずつ書きます。
それでは、おやすみなさい。
posted by みんみん at 23:43| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

お互いの交流が減ってます

中国の人は結構話し好きです。私が子供の頃の中国の一般的な家庭のお話です。
両親が一日の仕事が終わって、ご飯も食べ終わったときに、隣とか、近所の人が
よく遊びに来ます。家でみんなで話したり、笑う声がよく聞こえます。
もちろん、私も近所の子供と一緒に遊んだりしてました。

あの頃はテレビはまだ普及してないので、夜はやることがすくないから、
みんなで話したりするのは普通だった。
ですから、夏になると雨じゃなければ必ず夕涼みしました。

中国では旧正月の時に、大晦日の夜中央テレビには総合娯楽番組がありますね
(今も続いてます、とても人気ある番組です)。
テレビがなかった頃は、沢山の人がテレビがあるところに集まって、
みんなで一緒にみる時代がありました。
家がやっとテレビ買ったときに、思わず言った言葉は「今年の春節番組は家でみれるね」って、
本当に超うれしかったです。

でも今はテレビは余るほど多いですね。家の中は一台じゃなくて、各部屋にテレビがあるのも普通ですね。浴室にもテレビ付のが驚かないですね!

本当に今の中国は高速で経済発展してますので、
昔のようにみんな時間が余ってないみたいですので、
昔のように近所の家に遊びに行く何て少なくなって、人と人の交流も減ってます。
同じマンションに住んでてもお互いのことが知らない人も少なくはないです。
忙しい人は商売してる人、彼らはお客さんの接待をしたり、接待を受けたりしてます。
それは最近レストランが流行ってる原因のひとつかもしれませんね(笑)、
外食する人は多くなっているからね。

今は経済が発展してますし、社会も進歩してますが、
でもなんか失ったものもあると思いますね・・・。

それでは、今夜もこここまでです、おやすみなさい。
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2005年09月26日

中国の自由市場

日本の人は殆どスーパーで野菜やお肉などを買いますが、中国は今でも自由市場で買う人が多いです。(もちろんスーパーもありますけどね)
自由市場とは日本での昔の市場に近い感じらしいです。

中国の自由市場はとても賑やかで、活気がありますよ。
市場の中に野菜コーナー、魚コーナー、肉類コーナー、乾物コーナー、家畜コーナーなど色々分けてます。みんな量り売りで、値段交渉もできます。
魚コーナーに行ったら、魚や海老は水の中で生きたままで売り出す。もちろん選ぶことができますよ。
魚の種類は川魚に中心で(中国の大部分の地方は海がないから、川魚しか取れないです)。
魚売り場は本当に魚臭くて、水だらけ、靴が汚れやすいから、気をつけないとね。

家畜コーナーはね、鶏、鴨、家鴨などを売ってます。
昔は生きたままのを買って、自分で殺したりしてたけど、
最近は生きたままで買ったら、処理してくれます(ちょっと残酷ですね)。
家畜コーナーは一番賑やかかなぁ、鶏などは殺されるのが嫌だから、常に鳴いてる、かわいそうですね(苦笑)。
そうそう、家畜を売ってる人はお金を稼ぐために、売る前に鶏などに沢山の食を与えます、
そうすると重さが増えるから、売り上げが上がります。
上に書いた魚のコーナーもね、重さを増やすために、魚とかを入れる袋の中に知らないうちに水を入れる。
だから買い物の時には十分気をつけないと騙されやすいです。

肉はね、私の実家の方は豚肉が中心ですね。
日本の場合は料理によって、焼肉用とか、しゃぶしゃぶ用とか、ステーキ用とか色々分けてますが、
中国の場合はそこまで細かく分けてません。大体必要の量だけで買います、買って自分で切る。

野菜はほとんど泥ついたままです。農民たちは自分たちで作った野菜を持ってきて売ってるから。
本当はそれが一番いいと思いますが、でも最近みんな農薬をよく使うので、
表面だけはきれいですが、どんだけ農薬を使ってるのは分からないので、心配ですね。
本当に買い物もひとつの「学問」かなぁ(笑)。

もしも、中国に行く機会があったらこんな場所を見に行くのも面白いかもしれませんね。
今夜はここまでです。
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2005年09月24日

西安の食べ物

西安旅行中に西安の料理を色々食べました。
辛いものが多く、主食は小麦です。
ですから、西安の餃子と牛羊泡MO(食ヘンに莫)が一番印象的でした。

西安の餃子はね中国でも有名で、私が行ったレストランは「徳発長餃子館」です。
中国最大規模の餃子専門店であり、「一餃子一デザイン」「百餃子百味」の言葉のもとに、究極の餃子づくりにこだわり続ける。
餃子の形はそれぞれで、一番小さい餃子は本当に豆ぐらいの大きさで、それを餃子鍋に入れて食べます。

西安のもうひとつの食べ物は牛羊泡MO(食ヘンに莫)です。
西安はイスラム教の人が多いので、牛肉と羊の肉はよく使います。
牛羊泡MOはイスラムの代表的な料理のひとつであり、
小麦粉で作った餅を小さくちぎり、牛肉または羊肉のたれと一緒に煮込みます。
食べるとき、その上に唐辛子の味噌をかけ、またニンニクと一緒に食べます。
なかなかユニークで味わいのある郷土料理です。
西安は回族が多く、どこへ行ってもこの料理が食べられます。

そうそう、西安の人々は普段の食事は、1日3食中、2食は粉食(麺・餃子等)、1食が米食(粥白飯等)というのが一般的です。
ですから、麺料理の種類が多いです。
刀削麺、切麺、拉麺、手斬麺、猫耳麺、龍髭麺等等。
もちろん調理法もさまざまで、具材・味付けも色々あります。
もう少しコンピューターの技術が上がったら写真とかでも紹介したいと思います。
西安の料理は特色があって、美味しかったです。
でも一日2食とも粉食は私にはちょっと慣れないですね(笑)。

中国は地方によって料理がすごく違います、また機会を見て紹介したいと思います。
それでは、今夜もおやすみなさい。
posted by みんみん at 23:14| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

西安の旅

その会社で働いたときに、会社のお陰で社員旅行で西安に行ってきました。

西安はね中国の古都だった、昔は唐の都「長安」と言います。
学校で歴史の教科書で読んだ西安の歴史と文化の遺産は非常に多いので、
実際自分の目で見たかったのですね。

西安は上海から飛行機で2時間のところです、シルクロードの始まりの場所ですね。
中国と日本は隣国であり、唐時代には日中両国の往来は極めて頻繁に行われ、
日本はたびたび留学生と留学僧を含む遣唐使を長安に派遣していた。
阿倍仲麻呂は長安に54年も住み、宗教と文化の伝播と日中両国の友好のために貢献しました。
日本の僧侶空海は青龍寺で密宗の法を受け、密宗文化を一心に学び、日本の片仮名を作った人です。(←これは青龍寺に行ったときにガイドさんが言ってました)。

西安で一番びっくりしたのは秦の始皇帝の兵馬俑です。
世界8番目不思議と呼ばれている。
兵馬俑は1974年旱魃に窮した地元の農民が井戸を掘ったときに発見されました。
考古学者の鑑定により始皇帝の地下軍団は2000年も眠っているそうです。
規模がものすごく大きいです。
兵馬俑の顔も表情もみんなそれぞれ、身分により服装もまちまちです。
でも共通しているのは、いずれも手に武器を握っていることです。
みんな始皇帝のお墓を守っているのですね。
だから今でも始皇帝のお墓を発掘ことができないです。
本当に2000年前の人たちはすごいなぁとつくづく思いました。

唐の時代にもっとも有名な中国の「古代四大美人の楊貴妃」のお風呂「華清池」も行ってきました。
ガイドさんから聞いた、古代の職人の腕がすごく優秀で、
お風呂の中にライオンとか、トラとか動物の彫刻をしていたそうですが、
水が入ると水の動きで、その彫刻品が生きてるように見えますので、
玄宗皇帝が怖くなって、せっかく彫ったのに全部とってしまったそうです。
だから、今は痕しか見えないです。
あのときはどんな作品だったでしょうね、見てみたいですね!

西安では歴史に残っているものは沢山あります。町を囲んでいた城壁の跡とか・・・。
それを見てると中国の古代の人々は素晴らしいと思います。
本当にみなさんがもし機会があれば、是非行って見てください、後悔はないですよ(笑)!

じゃ、明日は西安の食べ物のお話をします。おやすみなさい。



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2005年09月22日

信じられない事件

日系企業に働いたときに、日本語を話せる中国人の先輩が一人いました。

その人は日本語も当然私よりずっと上手だったし、色々な経験もありますので、
最初の頃は本当に尊敬してました。でもあることでその先輩のことを見損ないました。

そのときの会社の工場は田舎の方にあります、
毎日家から通勤するのは不可能だから、会社の寮に住んでいました。
会社の寮を管理しているのはその先輩の奥さんでした。

私は土日になると実家に帰るので、寮にはいないです。
実家から寮に戻ったときに、部屋の中はすごく臭い匂いがあって、
夏だから腐ったとうもろこしの芯と子供のウンコの跡があります。
あまりに信じられない出来事で、訳が判らないと同時にすごく頭にきました。

もちろんその先輩に話を聞きました。そのごみとウンコは先輩の子供のものでした。
でも相手は自分が悪いと全然思ってないです、
かえって「私が大げさしすぎという言い方」にされました。
さらに管理人だから、各部屋に自由に入るのは当たり前とはっきり言われました。
もうそのときに私の耳が可笑しくなったのかなぁと一瞬思いましたよ。
どう考えでも理不尽しすぎない。
さらに実はそのときにその先輩がほかの人を私の部屋に泊まらせたことも知りました。
(それはあとから知りました)。
もし私は気づかなかったら、それでいいと思ってたらしい。

「先輩が会社内で結構地位がある人ですから、その人と揉めたらこれから大変ですよ、
もう飲み込むしかないよ」と助言されたのもありました。
でも嫌なことですから、私やはり「嫌」とはっきり言いました。
そのあとは本当に色々と大変なことが起きました(苦笑)。

この続きはまた次回に・・・おやすみなさい。
posted by みんみん at 23:33| 兵庫 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

中国で新しい仕事が見つかった

日本の友達に教えてもらった日本語は日常会話が多かったです。
日本語の文法とかは説明されても理解しにくかったので、
文法はやはり中国の先生に教えてもらった方がいいと思って、
中国に戻ってから、日本語の夜間学校にも行きました。

たまに中国の日本語テレビ番組を見て、
キャスターたちがすごく流暢な日本語を話している姿を見ると、
自分もこんなに喋れたらいいなぁと思いました。

やはりせっかく覚えた日本語を忘れたくないから、
仕事も日本語に関係あるのをしたかったです。
そして、運よく新設の日系企業での仕事が見つかりました。
自分がしたいことをすぐ見けるることができて、何よりも嬉しかったです。

新しい仕事は日本人上司の通訳です。上司は若い日本人夫婦です。
上司夫婦は初めての中国ですから、中国のことも分からなかった時でした。
私も通訳という仕事の経験がなくて、最初の頃は大変でした。
でも何よりも嬉しかったのは上司は私のことを信じてくれました。
それは結婚するまで私はそこの会社で働きました、その原因でした。

このお話は長くなるのでまた次も書きますね。
というわけで、今夜はここまでにします、おやすみなさい。




posted by みんみん at 00:22| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月20日

中国に戻りました

2年間日本での生活が終わって、中国に戻りました。

2年間で大分日本の生活も慣れてきて、中国に帰ったときにまず水の味が違うと感じました。

日本にいたときには水道の水をそのまま飲んでましたが、
実家の水はそのまま飲めないですね。
今も中国の水道水は飲めないです、みんな水タンクごとで買ってます。
でも買ってる水でもなんか臭うんですね。

この前ニュースで見た今中国の長江の中流の地域は化学工場の排水が処理しずにそのまま流してると聞きました、
本当に下流の人々のこれからの水問題は深刻だと思います。
水を汚すのが簡単ですが、綺麗にするのはどんだけの時間、資金、技術とみんなの協力がいるのかを化学工場の責任者に分かって欲しいですね。
私が子供の頃の川は水の底の石が見えるぐらい綺麗かったのに、
今は石がどこにあるか分からないですよ。

中国に帰って、母親の手料理を食べるのが楽しみだったですね。
すごく美味しかったですが、脂こっいと感じましたね。
料理に使う油は当時が菜の花の油だった(今はサラダ油ですね)。
また中華料理は炒め物が多いので、油多い方が美味しく感じるということもあるし、
日本の油と違うので、すぐ感じましたね。
ちなみに今は母親が健康のために油を控えめにしてます。

また、機会があったら中国のことをもっと書きます、よかったら読んでください。
それでは、今夜もここまでにします、おやすみなさい。
posted by みんみん at 23:58| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月19日

日本の友達と別れるのは悲しかったです。

12年前の日本にいた2年間はとても充実した2年間でした。
日本の友達のお陰で、日本語も喋れたし、日本の習慣も少しずつ分かるようになりました。
そして、日本の料理も色々食べました(作れないですが、苦笑)。
何よりも嬉しかったのは友達と仲良くなりました。

2年という時間は本当にあっという間に過ぎました。
中国に帰る日が近づいた時のお話です。

バスが寮まで迎えに来るのは夜中の3時です。
その前の日は友達と送別会をして、「さようなら」と言いましたが、
その日の夜中が見送りに来てくれた。

やはり別れるのはすごく辛かったです。
またいつか友達と会えるのが分からないので、
これって最後なのかなぁと思って、思わず泣きました。

バスの中で泣いたのは私だけです。
みんなすごく喜んで帰りたくて仕方がない様子でした。
ですから、誰に言われたかは忘れたけど
「何で泣くの?」と言われた。

本当に出会うのが楽しみで幸せで、別れるのは悲しいですね。
人生はいつも楽しい出会いがあったらいいね(笑)。

そして、中国に着いたときに、ほかの人は自分の家族と会ったときはすごく泣いた、
私は家族と会ったときには楽しくて速く日本での楽しいことを家族に話したくて、
泣く所じゃなかった(笑)。

本当に日本での2年間は私の人生の中に大きいな大切な存在です。
そして、その時の友情は今も続いています。

今夜はここまでにします。おやすみなさい。


posted by みんみん at 23:59| 兵庫 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

中国の中秋節

今日(9月18日)、中国では中秋節です(旧暦の8月15日)。

この日の月は一年の中で一番明るくて、丸くて、綺麗です。

今日の月をさっき見ましたよ、本当に綺麗でした。
そして、中国の方はすごく綺麗だと国際電話で父から聞きました。
中国の家族とはいる場所がすごく離れてるけど、同じ月を見ました、嬉しいです!
中国昔の詩人はよく月に関する詩を書きました。
例えば李白の「静夜思」の中にこう書いてました:
「挙頭望明月、低頭思故郷」
意味は頭挙げて月を見て、故郷のことを思う。
私の今の心境とぴったりです(笑)。

中秋節はね昔から月餅を食べながら月見をします。
また、その日の夕飯は家族揃って、一家団欒。日本にはそういう習慣ないですね。

中秋節の時に食べる月餅は日本で言えば焼き菓子ですね。
色々な餡があって、結構甘いです。
ですから、10年前は結構みんな食べてたけど。
近年はお互いに贈り物としてよく使ってます。
たまにたくさんもらうときもありますから、食べ切れないので、困りますね。
それに月餅を贈る習慣時代とともにすこしづつ変わってゆくんだろうと思います。
私は月餅を食べる習慣よりも、家族が揃って食事をしたりする団欒の習慣の方が
重要で変化しないでほしいな、と思います。

それでは、皆さんもよい幸せな中秋節を過ごしますように・・・。
posted by みんみん at 00:55| 兵庫 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月18日

勉強の話です

今日は「女王の教室」の最終回をみました。
最後は感動しました。
主人公みたいな先生と出会いたいですね。

それを見て、ちょっと思ったことがあります。
主人の妹の子供は今公立の小学校に入ってます。
普段学校から帰ってきて、宿題をする姿があまりみたことがないし、
帰ってきてすぐ遊んだりしてました。
翌日の授業の予習などもしてないみたいですね。
この前に教育の話をしたときに、
「毎日最低でも1時間の勉強はいると思います」と言いましたが、
主人の妹が言うには「今の子供の勉強時間は学年×10分」だって。
すごくびっくりしました。

よく考えても私が小学生の頃でも1時間は必ずしました。
今の中国の子供の勉強は私の子供の頃よりずっと難しいですよ。
だから妹の発言は理解できなかったです。

今中国の子供たちは学校の勉強はもちろん忙しいです、
学校以外にも家庭教師に教えてもらうとか、本当に勉強熱心な子供(親かなぁ)が多いです。

公立小学校の勉強内容はね日本の同じ学年と比べると中国の方が大分難しいです。
勉強は簡単すぎるのは子供のためにはならないと思います。

今の中国はちょっと前の日本と同じように学歴社会になりますね、
競争も益々激しくなりますね!のびのびした子供らしさも大事だし難しい問題ですね。

それでは、今夜もありがとうございました。おやすみなさい。
posted by みんみん at 00:22| 兵庫 ☀| Comment(2) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月17日

大声で話す中国人と静かな日本人

当時、日本に来てからある日、初めて電車に乗って移動することがありました。
初めて電車に乗るから、色々な面で新鮮な感じがしました。
同僚達は興奮して大きい声で話したりしてて、
でも周りの日本の人は静かで、どっちかというと顔は無表情でしたね。

そのときに分かったのは日本の人は公衆場所であまり大きい声出さないこと。
レストランで食事をするときにもみんな小さな声でお話したりしてますしね。
日本の人は周りの人に迷惑をかけないようにいつも心がけをしてます。

でも中国では大きい声で話してもよほどじゃないと周りの人は迷惑と思ってないですね。
たぶん国民性の違いで、ただ話している人の声が大きいしか思ってないです。

そういえば、先日実家に帰ったら、父親が大きい声で話してて、
私は「声が大きいよ」と言った、
父親の返事は「あなたはほかの家の人の話し声が聞こえるの?聞こえないでしょう、大丈夫だよ」と言われました(苦笑)。

中国のレストランに行ったら、ものすごく賑やかですよ。
みんな食事のときこそ楽しく食事をするという考えがあります。
まるいテーブルに囲んで楽しく話しながら食事するのは好きですね。
たまに真剣に隣テーブルの人の話を聞いたら、どんなことを話しているのかは
耳を澄まさなくてもすぐ分かります(笑)。

日本のレストランでは、とても静かで、
面白いことがあったら大きい声出して笑えませんので、我慢してました。
でもたまにおばちゃんが大きい声だして笑ってますね。
私もそうしたいけど・・・・。
もうおばちゃんになったのかしら・・・・。

それじゃ、今夜もこの辺で、おやすみなさい。
posted by みんみん at 00:16| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月16日

日本での初めての冬

金沢の冬はものすごい雪が降ります。
でも中国の冬と比べるとそんなに寒く感じはしなかった。

中国の冬は体の芯から冷えるような感じです。
ですから、みんな結構厚着してます、セーターを何枚も着てる人もいますよ。
日本の人はみんな薄着ですね。
これは暖房器具など整えてるという関係もありますね。

一緒に中国から来た同僚は中国にいるときに毎年の冬は手とか耳とかは霜焼になるのですが、
日本にいる2年間はまったくならなかったです。本人もすごく嬉しかったみたいです。

初めて雪を見たときにすごく興奮しました。
朝起きて窓の外は真っ白の世界で、中国でしたことない経験ですから、
雪の写真いっぱい撮りました。実家の両親に見せました。

雪は夜から降り始めて、朝になったら車を埋めてしまいました。
雪の高さは大体膝の上までぐらいです。

雪の日は景色が綺麗だけど、交通面はちょっと不便になりますので、仕事も休みになります。
それは結構ラッキーと思いました。

私は本当はすごくすごく寒がりなのですが、日本の冬は楽しかったです。
それは、寒さが中国とは違うのもありましたし、
初めて見た積った美しい雪に感動したりしたからかなと思います。

それでは、今夜もここまでです。おやすみなさい。

posted by みんみん at 00:29| 兵庫 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月15日

寮から逃げ出した人がいました

金沢での2年間の中に本当に色々なことがありました。

いいこともあったけど、よくないこともありました。

今夜はそのうちの記憶に残っている一つのことをお話します。
ある日、一緒に中国から来た私たちの仲間二人が急にいなくなった。
聞いた話によると日本でお金を稼ぐためにほかの地域に逃げた。
見つからなかったら、そのまま日本に残って
お金稼いでから中国に帰るつもりだったそうです。
でも結局1ヵ月くらい後かなぁ、見つかりました。
そして、結果的には当然強制送還されました。

私達は2年間契約で日本で働く予定です。
2年満了の時に中国に帰るべきです。
まさか逃げ出す人がいるのは思わなかったですね。
ほかの国に行ってその国の法律に従うのは大切で当たり前のこと。
それに不法滞在になると中国にいる家族達といつ会えるかも分からなくて、
家族にもすごく心配をかけることになります。

今夜はよくない話になってしまいました、面白くなかったらごめんなさい。
それでは、今夜もこの辺で。
posted by みんみん at 00:38| 兵庫 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月14日

日本海は綺麗です

金沢にいた時に、日本海に近いから、日本人の友達によく連れてってもらいました。

海の色は天気がいい時には本当に綺麗な青で、好きだった。
夏のときに友達とみんなで花火をするのはすごく楽しかったです。

日本は夏のときに花火をするけど、中国は旧正月のときはみんな花火をします。
(旧正月は大体1月か2月頃です)
そのときは花火と爆竹のすごい音で話が聞こえない程です。

金沢の千里浜は車が浜のところに走れるから、
若いカップルとかのデートスポットもなっているのです。

でも当時の私は若かったし、あまり知らなかったので、
たくさんの車が止まっているのをみて、綺麗な車がたくさんとまっているを
生まれて初めて見たので「ワー♪」っと思って横で写真を撮ろうと思って
車の近くまで見に行ったら、車中のカップルが驚いたみたいです。
自分は驚かす気がなったんけどね・・・(苦笑)
逆に私が「わぁーー!!」と声が出るほど、本当に驚かされましたよ(笑)。

中国人の友達と一緒に自転車に乗って海までも行ったことがあります。
近道が分からなかったので、とにかく車が走っている道で行ったのです。
日本は自転車と歩道は一緒なってるので、
海に行く道は歩道がなかったので、車走る道で自転車で走った、
結果は、ものすごく怖かった、また車に乗ってる人に何回も怒られました。
そのときになって初めて自分達の冒険がが無謀だったと反省しました。
言い訳になるけど、当時の私はあんなに車がビュンビュン走ってるなんて
思ってなかった、12年前の中国は車はそんなにいなかったもの・・・(苦笑)。

今夜はここまでです手(パー)

posted by みんみん at 00:20| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月12日

言葉が通じると本当に楽しいです

日本語が段々分かるようになって、あの頃は本当に楽しかったです。

一緒に中国から来た人はみんな昼間の仕事が終わって、夜も寮で内職してました。

最初、私も2ヶ月程しましたげど、
結局自分が内職した分の三分の二か半額しかもらえないのですよ。
(団長先生に取られました)
そんな不公平なことがありますので、自分もそこまでお金が欲しくなかったのもありますし、
内職するのは止めました。

内職を止めると夜の時間は十分あったので、日本の友達とも遊べるし勉強の時間もできました。

当時は周りの中国の人に私が阿呆と言われた事があります。
日本に来るのはもちろんお金のためだよ、それじゃなかったら来る意味がないと言われた。

確かに中国の給料は本当に安かったです。
当時は日本の一ヶ月の収入は中国では半年分の給料かなぁ(額にもよるけどね)。
日本にいる間にできるだけたくさんのお金を稼いで帰りたい気持ちは分からないことがないですが、
私はそうしたくなかったです。
もっとしたいことがありますから。

前の日記に書いた同じ部屋の中国の友達に裏切られたあとに、
新しい中国の友達3人もできた。
みんな私より若いです、でも私よりしっかりしてます。

私は料理が下手で、2年目の時に自炊することになったので、
最初は本当に困りました。
中国の友達がいてくれて、助かりました。
友達も私と同じで内職はしません。

さすが一緒に生活してましたから、
お互いのこともよく分かるし、今でも仲良く常に連絡してます。
みんな日本から帰ってきて、2年後にそれぞれ家庭作って、子供もできました。
家庭があるから、なかなか会えないですが、2ヶ月一回は必ず会ってます。
本当に友達との仲良さが違うと楽しさが全然違います。

日本から中国に帰ってきてから分かったのは、友達を大事にしないと寂しいです。
今夜はここまでですわーい(嬉しい顔)
posted by みんみん at 23:37| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月11日

日本語で友達話したかった

一緒に仕事してた先輩たちが結構冷たかったし、
同じ部屋の友達にも裏切られたし、あの頃は本当に辛かった。
早く中国に帰りたくて、中国に帰る夢までみました。

一年目は研修生だったから、残業できないので、
夜の時間が十分ありますので、自己流で日本語の勉強をしてました。

昼休みのときに仕事場の日本人のNさんとMさんが時々声かけてくれました。
私は日本語の勉強したいから、分からない単語がありましたら漢字で書いてもらったり、
手振り身振りで説明してもらったり、それでも分からなかったら寮に戻ってから辞書で探します。
それの積み重ねでNさんとMさんとの会話内容が増えて、
少しずつお互いのことが分かるようになって、友達になりました。
それでも半年ぐらいかかりましたね。

時間過ぎるのは本当に速くて、あっという間に最初の1年は終わりました。
2年目の初めごろ、友達が私に
「あと一年だけど、日本でなにをしたいですか?お金たくさん持って帰りたいですか」
と聞かれた。
私はお金よりもっと完璧な日本語を勉強したいから、もっと友達とも話したいし、
「お金はまだ若いから、稼ぐ時間もありますし、そんなにはいらないです。日本語を教えてください」
と頼みました。

その後は一年間続いて三人で交換日記をしました。
友達が書いた文章を読んで、分からなかったら辞書で調べたり、
自分が書いた文書の可笑しいところは友達に「赤ペン先生」で直してもらいました。

日記を通じでまたさらにたくさんの言葉を覚えました。
本当に今の自分があるのは友達のお陰です、心から友達に感謝してます。
今でも友達と仲がよくて常に連絡してます。

日本での2年間は辛いときもあったけど、
優しい友達のお陰でたくさんの楽しい思い出もたくさんありました。

次はその頃の楽しかった思い出を書きます。
posted by みんみん at 22:12| 兵庫 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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